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日本全国約8000社ある八幡宮に祀られる八幡大神は、

武家の神として祀られた応神天皇であり、

その生みの母が神功皇后である。

 

神の神託を受ける姫巫女であり、

日本武尊の皇子 仲哀天皇の妻であった。

朝鮮の新羅を帰服せよとの御神託を受けながら

仲哀天皇は帰依が足りず、九州の熊襲征討にて敗北し、病により逝去する。

 

仲哀天皇亡き後、神功皇后は、

臨月を迎える身体でありながらも、自ら将軍となり、軍を率いて新羅を帰服させるべく海を渡る。

荒波、暴風をも鎮静させる神懸かりの勢いで向かってくる神功皇后を前に、新羅の王は圧倒され、

戦わずして降参したという。さらに神功皇后は百済、高句麗も帰順させ、三韓征伐を成し遂げた。

 

そして、無事に日本へ帰還後、後の八幡大神と神格化される応神天皇を筑紫の地にてお産みになられた。言い伝えでは、神功皇后は臨月であったため、出航の前には出産延期を祈願し、三韓征伐の合間には、鎮海石を当ててさらしをまき、出産を遅らせたといわれている。

 

応神天皇の誕生後、約60年にわたり、摂政として国を治められ、100年の寿命を全うし、この世を去られたとされている。

日本の巫女の舞

古より大和の国に伝りしものです。

世界最長国の文化を未来に伝え繋げましょう。

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